遺品整理は昭和のかおり(掛け軸のヤマ)
そこは戸袋のある雨戸と掃き出しの戸がある昭和のお家であった。みうらじゅんの「戦後の悲しみ」が戸袋にも玄関にも、押入れにも、畳にも、欅の茶箪笥にも、薄暗さにも、かすかな匂いにも・・・家中にそのまま残っている。
雨戸のスレで削られた桟が妙に明るい木目を見せている。古びてはいるが、壁も床も色合いが全て沈んでいて風格を失わない佇まいである。消えかかっている昭和は建物で蘇るのだ。
ご主人が随分前に亡くなり、遺産の整理をしているとのこと。その遺品整理で最後に残った掛け軸を見てほしいという依頼があり、軸専門の美術商と一緒にお伺いした。
雨戸のある南に面した半間の廊下で、掛け軸を一本ずつ開いていく。二階にある分を含めるとおよそ50本位とのこと。タトウ箱(桐箱を包む紙の箱)を開け、桐箱から掛け軸を取り出し、一人が巻緒(一番上のヒモ)を持ち、一人が軸棒を持って広げていく。次に逆の順序でしまって行くのだが、中には巻緒がしっかりと結んであって解けなかったり、軸先がとれてしまったものもあり手間がかかる。転げ落ちている象牙の軸先を見るだけで嬉しい。桐箱が右に、左に重ねられていく度に、時を経た和紙の匂いが廊下に沈んでいく。
掛け軸の箱が中身と違うと、奥様が「◯◯さん」と声をかける。隣室に控えている五十代と思われる短髪の男性がすっとフスマを開けて入ってくる。近くにいるが現場には立ち会わない。
「この掛軸の箱があるかもしれないので二階から持ってきて」
「はい」
この男性から吐かれる言葉は静かな「はい」だけである。そして、奥様から言われたことをてきぱきとこなしていく。外から見ている限り、上下関係がしっかりとしているので、少なくとも兄弟ではない。昔料亭で働いていた番頭さんと思われるような受け答えと仕事ぶりである。
どこかでこの風景を見た。それは韓国映画、ファン・ドンヒョク監督の「怪しい彼女」(映画大好き人間が作った楽しい映画。公開中)に出てくる主人公一筋のパク氏であった。七十歳を過ぎても、奉公時代の関係は変わらない。年寄りが七十代のお年寄りを「お嬢様」と昔のままの呼び方と関係で接するのである。
中学の教科書にあった魯迅の代表作「故郷」も、少年時代に仲良く遊んでいた小作人の息子、閏土(ルントウ)との20数年後の再会で発せられた言葉は「旦那様」であった。魯迅は最後に「それ(希望)は地上の道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(竹内好訳)と語る。(今でも中学の教科書にあるのだろうか)
昭和の時代でなければ、理解が難しい世界がそこにはある。大体が番頭などという言葉も、小作人も、奉公も今は無いが、昭和では誰の隣にもその言葉はあったのである。
というわけで、その男性のお手伝いのおかげで、スムーズに査定は進んでいった。
亡くなったご主人は料亭を営んでおり、これらの掛け軸を部屋に季節ごとに飾っておいたらしい。二重箱に入ったものから、箱無しのもの、まくり(表装しないままの書画)まで様々なカタチの軸である。中身は中国の工芸品から有名作家モノまで、江戸時代のモノから昭和のモノまで多種多様である。趣味人が集めていく一つの筋だけに偏ってはいないようである。
※軸の一部
※まくりの一部
「ご主人が自分で買われたのですか」
「料亭のお客さんに骨董商がいっぱいいて、みんな事あるごとに持ってきたのよ」
「それを買って料亭に飾ったわけですね」
「本人も好きだったけど、お客の話も断れなかったみたいね」
したたる汗を軸に落とさないように注意しながらおよそ2時間、60本余りの掛け軸を見終えた後に出していただいた冷えた麦茶はビール以上に美味しかった。