おじいさんの古蒸気 シュッポシュッポ
蒸気機関車は今でも男の子にとって憧れである。この少年も例にもれず、小さい時から鉄道が大好きだったという。そんな少年(孫)を心底可愛がっていたおじい様は、休みともなれば近くの鉄道博物館に連れていった。少年にとっては忘れられないイベントだったに違いない。そして、少年が3歳になった時、おじい様はこの巨大な蒸気機関車を孫にプレゼントしたのだ。庭に幅12.7センチもあるレールを敷き、少年は機関車にまたがって大喜びだったという。歓声をあげて機関車に乗って遊ぶ風景が浮かんで来る。
その蒸気機関車に出会ったのは、明日の部屋引き渡しを控えて、そのおじい様の家の中にある家具や骨董、食器、雑貨など買い取れるものを全部引き取って欲しいというオーダーでお伺いした時である。部屋中に様々なお品が広がっており、およそ2時間かけて選別、お買い取りとなった。終わりかけた頃、
「もう置いておくスペースが無いので買い取ってもらいのですが、大事にしてくれる人にもらってもらいたいんです」
これは、お客様が残していくのだろうと思っていた蒸気機関車だった。
今までNゲージ(1/150)などは何度も扱ってきたものの、この迫力あるプラモデルならぬアイアンモデル(1/8.4)は初見である。
テンダー9631型蒸気機関車※:幅110 高さ45 奥行30 (cm)
炭水車:幅67 高さ30 奥行き28 (cm)
レール 幅127mm 5インチゲージ
縮尺 1/8.4
重量 推定100キログラム
※盛岡鉄道管理局青森機関区で1965年頃運行していたものらしい
14,5年前にお客様のお父様が息子のために買ってくれたものだという。田舎の庭にレールを敷いて、この機関車に3~4歳位だった男の子がまたがって乗ったまま走らせたとのこと。この機関車を走らせるとすると相当の大きさの円形になるに違いない。(レールはここにあるものだけで、残ったレールは処分してしまったとのこと)
この機関車の後ろにある炭水車(燃料や水を積載した車両)の石炭を使って走っていたのではないか、とおっしゃる。炭水車に入っているのは本物の石炭である。広い庭でこの機関車が蒸気を吐きながら子供を載せて走っていたのだろうか。
(実際にこの1/8.4モデルで客車に子供を乗せて走らせている遊園地などはある)
ともあれ二人で持ってみる。それがビクともしない重さなのだ。木のボードにレールが敷かれ、その上に機関車が据えられているだが、鉄でできていると思われる機関車は、その迫るようなリアリティそのままに、まるで本物の機関車と思われるほどに重いのである。
はてさて、この素晴らしい機関車を店に展示して多くの人にお見せしたいという高揚した気分と、引退間近な高齢者&若いながらも細身の男の子と二人でこのマンションの部屋から車に搬入する作業に対する不安とが交錯する。スタッフ二人は目を見合わせるもののしばし沈黙である。
「トライしてみようか」
まず、機関車が乗ったボードを二人で「セーノ!」と持ち上げてみる。ビクともしない。まさに1センチも持ち上がらないのだ。機関車と炭水車との連結部分が取り外せることがわかり、まず炭水車だけを上げてみると、容易にレールから外すことができた。
問題はこの勇壮な機関車である。思い切り深呼吸をして、息を合わせ持ち上げる。レールから数センチながら上がり、台車から外すことができた。そこで理解できたことは、そこから玄関口までおよそ6メートル持ちあげて運び出すのは不可能である、ということ。そこで試しに押してみる。レールが無くてもゆっくりと動くではないか。やったあ!と思うのは素人の浅はかさである。列車にハンドルは無い。少し動かしてはオシリを持ち上げ方向転換をしてあげなければならないのだ。更に、玄関のほんの少しの段差でも、手で持ちあげなければならない。世の中から段差など全部取っ払ってもらいたいと、痛切に思う。最後の難関、車の荷室に運び入れる作業である。ここはタバコ一服という時だろうが、残念ながら二人ともタバコを嗜まず、立ったまま休憩。
「トラックで来ていれば何の問題も無かったのにね」と思わず愚痴が・・・・・・
(トラックにはパワーゲートがあり電動で下から荷台までリフトできる)
大きな掛け声で60センチはある荷台まで持ち上げる。背中の中心に稲妻が走る。一挙に持ち上げることは出来ず、片側の鉄輪が荷台にかかるところまでやっとであった。二人がかりで傾いた一方を持ち上げ収納。1年分の重労働をやってしまった、というのは言い過ぎではない。
後日、お客様に「蒸気機関車の件、息子さん了解してくれましたか?」とお電話をした。
「蒸気機関車を売ったのは納得してくれました。でも、あれはとても大事にしていたものだから、僕は買い戻して自分の手元に置いておく。働くようになったら、お金を貯めてどんなに高くても買い戻すから、と言っているんですよ」
高校生の君がいつか私達に電話をしてくれた時、その蒸気機関車がこの店にあるだろうか。
いかんともしがたいことがある。その葛藤をハラの奥に仕舞いこんで仕事をしていくしかあるまい。