そば屋とブランドと恋愛相談
大学卒業後、アメリカで寿司職人を40年近くやってきた義弟が久しぶりに日本へやってきた。何をしたいかと聞くと「そばを食べたい」「相撲を観たい」とのこと。ちょうど春場所の時期で、国技館近くのそば屋で再会を祝った。狭い路地にあるお店は見るからに風情があり、中は土間に漆喰と手の込んだ造作である。白磁と三島の器も品がある。そばは田舎そばで細めながらコシがありなかなかのものであった。
だが、接客を一人でやっているせいか、注文を忘れる、食事の説明はトンチンカン、(一応「接待」であるにもかかわらず)お会計を紙で渡してくれるどころか、大きな声で金額を伝える、という対応にがっかりした。果たしてもう一度このお店に来るだろうか、と考えた。いくら雰囲気が良く、食事がおいしくても、明るくて気持ちのこもった接客がないとリピーターにはならないだろう。
デパートのあるブランドショップにシャツを買いに行った。(私にはブランド志向は無いが、縫製がしっかりしていて長持ちするので選ぶブランドである)あちこち手にとって見ていると年配の男性スタッフが「あの、以前日本製のブルゾンをお探しでしたお客様ですね」と声をかけてきた。
どのブランドもタグをよくみればほとんどが中国製で日本製の品物を探すのは至難の技である。およそ半年前にこのお店で、ようやく日本製を探しだして買った記憶がある。そのスタッフは何も言わず、日本製のシャツを選んで見せてくれる。買うということが楽しくなる一瞬である。
そんな時、尊敬する高橋源一郎さんお薦めの「ラブホの上野さんの恋愛相談」を読んだ。伊集院静さんの「悩むが花」は哲学的で思わず切り抜きをしてしまうが、上野さんのそれは具体的、実践的で上野さんの深い人生が浮かび上がるリアリティがある。「うん、うん」とうなずきっぱなしで首が疲れる。謎の上野さん、誠にありがとう御座います。
以下、長文のため省略して引用させていただく。
「出会いが少なくて困っています。どうしたら出会いを増やせますか?」
ご質問誠に有難う御座います。
(略)私は男なので化粧品に本来縁がないのですが、よくデパートの化粧品売り場に足を運びます。(略)特に重視しているのは「お客様がいないときのスタッフの姿」でございます。(略)最悪なのはおしゃべりをするスタッフ。最高なのは、近くを通るお客様に気を配りながら、店舗の整頓を行なうスタッフ。(略)ところで私が店舗の近くを通った際に「プレゼントですか?」と声をかけてくださった店舗がございました。おそら
く『おひとりさまの男性が近くを通ったときのマニュアル』などというものはないでしょうから、そのスタッフが機転を利かせてくださったのでしょう。さて、私に「プレゼントですか?」と声をかけてくださった『CHANEL』。その創業者であるココ・シャネルの言葉をひとつ紹介します。「その日、ひょっとしたら運命の人に出会えるかもしれないじゃない。その運命のためにも、できるだけかわいくあるべきだわ」
(略)チャンスを受け入れる準備を怠っていては、チャンスは決して訪れない、ということで御座います。30以上の店舗が立ち並ぶ化粧品コーナーにて、明確に特定の店だけを目的に来店されるお客様はあまり多くありません。色々と見て回り、気に入った商品を買おうと考えている方がほとんどでしょう。
そんな時に、スタッフ同志が喋っている店舗を通路から見て「ぜひ、この店舗で買いたい」と考える方がどれだけいるでしょうか。
(略)スタッフはお客様を逃していることすら気がつかないので御座います。
その中には、本来とてもよいお客様になりえる方もいらっしゃるかもしれません。そんな多くのチャンスを逃している店舗がよいお店のはずはないでしょう。
接客の最中というのはどのスタッフも気を張りますので、そこまで差は生まれません。ですので、差は気を張っていない、お客様がいない時に差が表れるので御座います。
さて、「出会いがない」と言われる方もまた、今回の例で出した悪い店舗のようなことをされているのではないでしょうか。(略)
もしかしたら、貴方様が気を抜いて行ったコンビニに素敵な出会いが落っこちていたかもしれません。(略)合コンの時だけ気を張ったって、出会う男性はせいぜい5人程度でしょう。
それよりは、普段の生活で会っているはずの何万人の「他人」の中から、恋人を探す方が建設的かと思います。
読んだら止まらない人生指南書「ラブホの上野さんの恋愛相談」より引用。(KADOKAWA 1,080円)
今回は引用で楽をしてしまったが、お店をやっている筆者には耳が痛い恋愛相談である。
結論!仕事もメシも恋もみーんな、気を抜いてはダメなんである。