それは浴衣一枚だった
数日前、箪笥二棹分の着物のお買い取りがあった。依頼主は七十代半ばで、孫二人と暮らしている。お迎えが来ても孫たちが処分に困らないように、自分できれいにしておきたいとのこと。「孫に聞いたら、いいよって言われたの、帯ダンスはワイシャツを入れておくのにちょうどいいんだって」
柄行(がらゆき)のいい着物が多かったが、箪笥にしまったままで、何年も経過しているためヤケやシミが多く、半分以上がお買い取りできない状態だった。残った着物の山を前に、おばあさんの来し方行く末の話をお聞きした。離婚した息子さんを交通事故で亡くしてから、孫二人を親がわりで育ててきたこと、今は立派な社会人になって自分をとても大事にしてくれていること、夜明け前に起きて朝食の準備をしていること、夜遅く帰ってくる孫は疲れも見せず、おばあさんの体をもんでくれること・・・・・・・・その具体的な日常をお聞きするごとに、何の縁(ゆかり)もない自分がおばあさんの知り合いに染まっていく。
「捨てられないのよ」それは量が大変だというだけではない、「捨てる」という言葉とこの着物がそぐわないのだ。すでに十分知り合いになった私は、そのまま帰るわけにはいかない。風呂敷にそれらの着物を包んでいると、「ちょっと待って、この浴衣だけは取っておく、最期に使えるようにとっておかないと、残った人が困ると悪いから」。
糊のきいた一枚の浴衣がおばあさんの膝元に残った。それは清潔で質素だが、凛とした衣装であった。値段などつけようもない一枚である。
有馬稲子さんの「私の履歴書」(日本経済新聞4月29日)最終回、少し長いが引用したい。
「9年後、横浜に引っ越すためにその物置のドアを開いて愕然とした。ほとんど入れたときのままで、哀れな私の宝ものはその間まったく出番がなく休眠状態だったのだ。ぼて(引用者注:移動公演用の行李に似たもの)だけは早稲田の演劇博物館に寄付して、その他のものはほとんど捨てて横浜に向かった。こうして私は高齢者の暮らしの大事な教訓を得た。「しまい込んで1年間使わなかったものは、二度とつかわないもの」、思い出は品物ではなく心に刻みこむものなのだ。(略)ある雑誌で読んで、NHKの朝のテレビで話して驚くほど大きな反響をもらった先人の言葉がある、「夏羽織一枚を残して死ぬ」。つまり人の一生はプラスマイナスゼロ、わずかに夏の羽織一枚を残す程度に終えるのが理想だという意味なのだ。もちろん、いま私はこれを大切な指針としている。」