モノ語りヒト語り

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青銅の雉

ピンと尾を天に向けた雉の香合が、玄関の下駄箱の上にひっそりと佇んでいた。

Kさんは週に一度は店を覗きにくる七十歳くらいの白髪のおばあさまである。自分のセンスに自信を持ち、揺るがずに決定していく、そんな若々しい買い方をするお客様であった。

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明るい花柄のベースや、フランス製のピンクのブラウス、イタリア製の真紅のラブソファー、優雅なデザインのデミタスカップなど赤やロココ調のモノを見つけると、「あれ、いいよね。すぐ売れちゃうかな」とお買い物袋を提げながら来店するのだった。

「これいいよね」と自分自身に言い聞かせるように私に同意を求める言い回しがとても心地よく耳に残るのである。

今から二年前、この青銅の香合は店の奥の水屋箪笥の中で新しい主(あるじ)を待っていた。Kさんの目に止まったのは、秋ごろ店に出されてすぐであった。「これいいよね」いつもの口調でじっくりと確かめる。だが、どういう訳かこの香合は直ぐには決まらない。Kさんには珍しいことだ。一ヶ月程してからだろうか。

「これいいよね。でも、誰も買わないよね。何故だろうね。こんなにきれいなのに・・・・」誰も買わないことで不憫に思ったのであろうか。逡巡というより、自分に念を押すために時間をかけたというお買い上げであった。

今日、私が玄関先であの雉の香合と再会した時、その主であったKさんは他界していた。Kさんの妹さんから家具などの引き取り依頼があって始めて知ったのである。お茶もお菓子も家具もコダワリのあるものしか買わない方であった。主(あるじ)のいない家の家具も置物も寂しげである。

「Kさんがこだわったもの」だけに、尚更のこと。私たちの店から買っていただいた赤いソファーもそうである。Kさんがチョコンと座っていた時はもっとチャーミングだったのに。主のいないソファは巨大な物体になってしまったようだ。

モノは単なるモノなのだが、一瞬イキモノになることがあるのだ。この主を失った家具や食器は、私たちに買い戻して欲しいと言っているようにさえ見える。この家具たちを又、芯から磨き上げ、新しい主を探し出してあげるよう。

Kさん、安らかにお眠りください。きっと次に使ってくれるいい人見つけますからね。

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