リングとバイクとカトラリー
当店にご来店なさるお客様の中には、いつも決まった曜日、決まった時間にお見かけする方が結構いらっしゃいます。私達スタッフもその時間が近づくと、何となく入り口を眺めたりしながら心待ちをし、ご来店されないと、なんだか気にかかってしまうのです。
Yさんもそんなお客様でした。初めてお見かけしたのは、3~4年前。
店の中をゆっくりとまわり、古い腕時計、リング、洋食器等を一つ一つ吟味されるのでした。年のころ60歳代後半位の、竹刀と袴が似合いそうなおおきい体、背筋のすっと伸びた白髪の紳士で、貴金属コーナーにいらっしゃるのが摩訶不思議で、最初は少し奇妙に思ったものでした。
しかし、「このリングは質の良い物だ。」との説明をお聞きするとその眼力の凄さによく脱帽させられました。リングのみならず雑貨も洋食器にも詳しく、これはと思われるものを見抜かれるのです。それはどれも質の高いもので、デザインに優れ、少しばかりユニークなものでした。
Yさんは2週間に一度、月曜日の昼過ぎにご来店、じっくり店内をご覧になられた後 気に入った商品についての薀蓄を傾けてくださいました。博識、多趣味な方で、商品以外のお話も豊富で スタッフもお話できるのが楽しみでした。
馬が9頭走っているデザインのリングを小指につけて、これで総て「ウマくいく」と駄洒落をとばしたりする方で、本当はもう70歳代後半でいられるのにバイクを乗り回しておられる事、お一人住まいなのでご趣味を兼ねて男の料理教室に通われている事、ご自宅でホームパーティーを開かれご自慢の腕を奮われる事等、お話はつきませんでした。年末にはYさんオリジナルレシピによるおいしい伊達巻の作り方を教わりました。
そんなYさんのお姿をふっつりとお見かけしなくなったのは、一昨年の初冬です。私たちも心配でお電話をしましたが、いつもご不在でした。
数ヵ月後の初夏の月曜日、Yさんは何事も無かったかのようにまたご来店されました。しばらく体調を崩して入院していたとのことでした。その際、お買い上げ戴いたのが、クリストフルのカトラリーセット。それに合わせて、マッピン&ウエッブのティーセット(このコーナー06年7月30日号に登場した)。一流の紳士は一流の物が分かるものなのですね。「このカトラリーとティーセットでディナーパーティをやるんだ」と、とても楽しそうでした。
その後「その写真をもってくるよ」と約束していたのですが、またお姿をお見かけしなくなりました。
先日、Yさんのお嬢さんがご来店になり、昨年末にお亡くなりになられたとの事。スタッフ一同声を失いました。早速、店長とスタッフ代表でご焼香に伺い、Yさんと「くらしのくら」の交流をお嬢さんにお話ししてきました。
「くらしのくら」はリサイクルショップです。が、お客様と商品を通して会話を楽しむスペースでもあります。また、様々な商品(中には全く意味が分からないものもある)の「思いがけない商品知識」を教えていただく場でもあるのです。博学なお客様に教えていただき、支えていただきながら成長していくお店として今に至っているといっていいと思います。Yさんもそのような「お店と私たちスタッフを育ててくれたお客様」の一人でした。
未だにその大きな姿が思い浮かび、月曜日はしばらくお姿を捜しそうです。
(文責M)