世田谷トイ・ストーリー
「荷室にはこれ以上入らないな、どうしょう。そうか、この木馬を助手席に入れるから、君は電車で戻ってくれ」
というわけで、助手席に座ったというか、ねじりいれられたというか・・・・
分かりにくい写真だが、私は胴体が真っ赤な木馬。
こんな車の助手席に詰め込むなんて、なんてこった!と、少し怒っている。
5年前ドイツの有名おもちゃメーカーの工場からこの日本に輸送されてきた時の丁寧な扱いとは天と地だよ。
ロッキングチェアのように、ゆったりと前後に揺れるのが特技だ。デパートのおもちゃ売り場で小学1年生のお嬢様に見初められ、20畳もある部屋で何度も何度も揺らされたっけ。ここで一生を終えるもんだと思っていたんだけど・・・・・・・
ある日、私、木馬以外にぬいぐるみや積み木、パズル、椅子などが小さな山を作るように集められた。出身地はドイツのみならず、スイス、アメリカと世界各地である。何処かへまとめて捨てられるのか、みんなの不安な気分が伝わってくる。
しばらくすると、リユースショップのスタッフが部屋に招き入れられた。
「とにかく、ぬいぐるみもおもちゃもゲームも溢れかえっていて、片付けることにしたの。娘に見つかると、とっておくということになるので、居ない時に頼んだのよ」とお母様。
そうだったのか。嫌な予感はしていたが「捨てられるわけではない」のは確かで、それは良しとしなければならない。
ぬいぐるみだけでも30体、それぞれひと品づつ手に取られて見られる。遊んでもらうのは嬉しいが、大人に触られるのは余り気分のいいものではない。
そして、とうとう私の番だ。
私を揺らしてみたり、触ってみたり、あちこち押したり・・・・・嫌な感じだ。1箇所ボルトが緩んでいたのだが、リユースのスタッフはそれをジーっと見ている。そんなの、締めれば大丈夫。と言っても通じないか。ドイツ語ではなあ。
約1時間後、私たちの「値打ち」が決まったようだ。
「じゃ、よろしくお願いいたします」とお母様。
つまり、また別のお嬢様か、お坊ちゃまのところへ行くことになるらしい。
その時、噂のお嬢様がお帰りとなった。
「これ、どうするの?」とお嬢様。
「これで、元の居場所にもどれるか」と私は期待する。
一方、リユースのスタッフは少し緊張しているのがわかる。
お母様はというと、少しも慌てた風を見せない。さすがだね。
「いいわよね、売っても。もし嫌だったら今のうちよ、売らないでもいいんだから」とお嬢様に言う。
リユースショップのスタッフの顔が曇ったように見えた。私としてはお嬢様が私を抱きしめ、「この木馬は離したくない」と言ってほしい。
だ、だが・・・・小学5年生のお嬢様は何も言わず、ほんのすこし私達を見回した。私を見つめる時間は特に長かったような気がするが・・・・・
帰ってきた返事は
「いいわよ」!!(それも元気に。)
え?いいの?止めてくれないわけ?
スタッフがホッとした表情になるのを私は見逃さなかった。2階に上がったお嬢様のピアノの音色が哀しく響く。私をあれほど可愛がってくれた時があったのに、人間の成長というやつは「非情な別れ」をものともしなくなるものなのだ。
というわけで、助手席に詰め込んだ私の扱いぶりは気に入らないが、「くらしのくら」とかいうリユースショップの方、次も可愛いお嬢様の所へ行けるように頑張ってよ。
補)3日目に新しいお嬢様のところへ嫁ぎ先決まりました。また、ゆらゆら楽しんでね、木馬君!