お客さまは「着物ディレクター」
「きょうは、これをお見せしたくてもってきたの。」
いつもおしゃれな世田谷マダムのKさんが、たとう紙を開けると、緑色のふんわりとしたものが収まっていました。
「この前いただいたアンティークの名古屋帯を覚えているかしら?あれがこうなったのよ。」
「三才用の被布ですね!(七五三の時に三歳児が着物の上にはおるアレです)」
「そうなの。シミがあったし、端の方は擦り切れていたけど、刺繍があまりに素晴らしいから、なにかに作り替えられないかと思って。最初はね、この大きな橘の刺繍を前身頃にもってくるつもりだったの。でも、仕立ての職人さんが『正面はこどもの顔が主役だからすっきりと無地にして、刺繍は後ろに大きくもってきた方が柄が生きてきますよ!』とおっしゃるから、それでお願いしますということになったの。ほんとに、そうして正解だったわー。」
熱く語るKさんのお話を聴きながらも、被布に生まれ変わった「元アンティーク名古屋帯」に見とれてしまいます。
鮮やかな緑色ですが、アンティーク特有のさめた色味になっていて、ふんわりと入った真綿の風合いとともに優しいオーラを醸し出しています。背には、名古屋帯のお太鼓部分の刺繍がそのまま配置されています。橘の実をデフォルメした丸みを帯びたハート型のなかに吉祥文様が丁寧に刺繍され、手仕事の温もりと迫力が伝わってきます。
「それで、家に緑色の絞りの反物があったから、着物に仕立てて、その着物にこれを着せたらとても良くなったのよ。アンティークの着物を仕立て替えて、誰かに着てもらうのが趣味なの。イメージ通りにできるとほんとにうれしくって。」
お身内だけでなく、着物好きなご友人にも着てもらっているとのことで、かわいい着物を着る子どもさんが楽しくなって、それを眺めている人も楽しくなる。ハッピーのリサイクルが生まれる光景が目に浮かびます。
着物は着てくれる人がいてこそ。美術品のように飾るのもひとつの楽しみ方ですが、やはり身に纏うことで、その着物そのものの魅力が際立ち、お召しになった人の魅力も惹き出します。
Kさんは、アンティークの着物の中からいいものを選ぶ目と、それに最適なものに作り替えるアイディアをお持ちの、まさにプロデューサーであり、ディレクターであり、デザイナーです。
もう1枚のスナップは、ウールアンサンブルを着て、現代風のポーズでおしゃまな魅力全開の女の子です。
思えば、昔はお正月にはウールのアンサンブルを着せられ、ちょっとだけおめかし気分の子どもが大勢いました。そういった原体験のようなものが、大人になってから着物や日本の伝統文化に対する興味が生まれてくる種になると言っては大げさでしょうか。
汚れても平気な普段着の着物を着て屋外で元気に遊ぶ子どもの姿は、もはや昭和のモノクロ映像の中でしか見られません。ウールのアンサンブルは着物界の絶滅危惧種の一つになってしまったようです。
高価な紬を世界遺産に登録する前に、「子どもの普段着の着物」を日本の消えゆく文化遺産として保護しなければとの思いがふつふつと湧き上がります。
こちらも当店でお買い上げいただいたアンティークの訪問着(五つ紋!)を七才用の祝い着に仕立て替えたもの。
ほんのり紫がかった青色に、手の込んだ友禅染めと刺繍。大きな雪輪の中に木賊や松などの吉祥文様が描かれ、大胆ながらもかわいらしい雰囲気のある着物です。「いいとこ」の小柄なお嬢様のために誂えたものでしょう。
とても良いものですが、小さめな寸法と五つ紋という格の高さのために、そのまま着るのは難しく、「はぎれ」になる運命かなと半ばあきらめていましたが、Kさんの手によって新たな命が吹き込まれました。
このあと、何人の子どもが、この着物を着てとびきりの笑顔をみせるのでしょうか。Kさんの想像力と「楽しみ」が、今後の「きものファン」を育てる布石になっていくと思うと、嬉しいかぎりです。(他力本願ですいません。)
きもの担当O