アンティーク・リクライニングチェアの独り言
ワシは見つめられる度に「実際の歳より若いわねえ」とか言われるのだが、本当の年齢は自分でもよくわからない。ワシの背中に使用法が書かれていて、それには1834年1月印刷とあるので、恐らく1830年代生まれというのは間違いないだろう。ということはオントシ180歳。当時のウイリアム4世は1830年から1837年までの7年間の短い君臨、その後が有名なヴィクトリア女王(ウイリアム4世の姪)である。
なにせ、人間様と違って一度も誕生祝いをもらったこともなければ、バースデイパーティをやってもらったことも無い、勿論、還暦(60歳)古稀(70歳)も無縁である。人間様のお祝いは大還暦祝い(120歳)までしか無いから120歳以上は想定外のようだ。スケールが小さいねえ。ワシラの兄弟で現存する最古のテーブルはエジプト第17王朝の木製テーブルと言われ、3,600歳であ~る。わしなど180歳と言っても小僧の部類で歳など自慢出来ないってえわけ。
ま、「誕生祝いが無い」なんて、僻んでもしょうがない。人間様と違ってこちとら、年を取ればとるほど大事にされているのだから、形式的な誕生祝いなど無くてもますます元気になるというわけさ。
生まれはイギリス、手工業が盛んになりつつある時代で、技術革新も進みリクライングのラチェット方式も相当に斬新なシステムとしてワシに与えられたと思う。木のフレームは今はもう無い希少なマホガニー、塗装はシェラックニス、当時は相当に珍しかったと思われる黒革のクッション。まだ大量生産が始まる前なので、ワシは庶民には手が届かない富裕層向けとして生まれたわけだ。最初、どんなお家で過ごしたかは余りの昔で覚えておらん。
イギリスから東洋の国ジャパンに渡ったのが20年ほど前のことだ。当時160歳、容姿は今とほとんど変わらなかったね。招かれたのは巨大なシンフォニオンのディスクオルゴールが普通に置かれている部屋であった。日本の家って「ウサギ小屋みたいだ」と仲間に聞いていたが、象も眠られるような大きさだ。他の家をみることができないのでわからないが、オーナーは特別なお金持ちかもしれない。
アンティークの家具の仲間に囲まれて幸せな時も束の間、今度は「くらしのくら」というお店に転居。ここはどうも仮住まいのようだ。あちこちでモデルなみにカメラの前に立たされる。写真で見てくれたまえ。引き出されたオットマンの美しさ!まるで新品同様ではないか。そうなんだ、せっかくあるというのに、オットマンはほとんど使われなかったというわけ。
よくある、伸縮式ダイニングテーブルで中央に延長用のテーブルをセットして大きなダイニングにするというシステムの場合、面倒くさくて倉庫にしまったままになることが多い。で、いつか出してみたらまるで新品みたいで、逆に基本のテーブルの劣化が目立ってしまうというヤツ。用途は違っても、「便利な様々な使い方」に惚れ込むとはまる落とし穴みたいなものだ。伸縮式テーブルとはそんな意味で兄弟だよあな。
というわけで、私の風格ある姿がネットやらにも掲載されたらしい。程なく、電話を持ったこの店のスタッフが私を撫で回しながら、「鋲はどこに打たれているか、クッションの裏はどういう状態か」という質問に答えている。うーむ、恐らく次のオーナー様がいろいろワシのことを調べているに違い無い。ついには、ビデオカメラで動画の撮影に引っ張りだされる始末。
スタッフの苦労が実ったか、ワシは岡山県のMさん宅へ運ばれた。どんなオーナーなのか、どんな住まいなのか、ワシも緊張したよ。でもそれは杞憂であった。まるで元の家に戻ったようでビックリだ。どの部屋もワシの兄弟、アンティークだらけ。まるで昔のイギリスに戻ってきたようだ。いやはや日本人って、アンティーク好きなんだねえ。だからワシもこの日本では安心してあと100年は生きながらえそうだよ。サンキューベリーマッチ!!
P.S.(ワシの母国ではポストスクリプトを略して使っておる)
ワシの新しい住処(すみか)の写真を撮ってもらいたいと、新オーナーに密かにサインを送っていたのだが、さすが、ワシを見初めただけある。威厳正しい雰囲気もよく分かる写真を撮ってくれた。周りに佇むワシの仲間たちも歓迎しているのがわかるかな。これでますます長生きできるというものだ。読者のみなさんも元気でな。
「さよならをもう一度」
(岡山のM様のご了承を得て掲載いたしました。ありがとうございました)