モノ語りヒト語り

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ホコリが無い店

下北沢のアンティーク家具を扱うY商店に行ってきた。
ヤマのようにある家具の中で階段下にたたずむ木製のケビントに一目惚れ。歯医者が使っていたという日本製医療棚(ケビント)である。カルテを入れていただろう薄めの引き出しが魅力的だ。取っ手もガラス製で気合が入っている。スタッフからその材質やデザインの話を聞くにつれ“冷やかし”が“本気”に変容していくのを止められない。こんな医療棚を作った医者ってどんな医者だったのか?名医?治療はうまくないがアンティークにはこだわっていたの?

だが家へ帰って連れ合いに話すと「こんなスリムな引き出しは使いにくいし、そもそもモノはいらない!」の一言で一夜の夢に。

ケビントの上の階段に沿って三十台弱の柱時計がつけられている。驚いたのはその数でも古さでも無い。全部の柱時計がプラスマイナス十分程度の誤差で今の時間を刻んでいることである。考えても見てほしい。柱時計は八日巻き、十四日巻き、二十一日巻きなどゼンマイの長さによって巻く回数は様々なのだ。(同曜日、同日に巻くのが基本)とういことは、この店のスタッフがその時計の巻き日数に応じて手巻きをしているということだ。頭が下がる。柱時計に対する“愛”がある!ありきたりの言葉だがそうとしか言いようがない。

思い出すのはよくある店にある柱時計だ。八王子にある蕎麦の車屋は古民家を店にしていて柱時計も椅子も卓も器も見立てがいい。だが、残念なことに柱時計の針は動かない。「ゼンマイを巻いて(修理をして)ホンモノの時計にすればいいのに」と思っていた。蕎麦屋はそれでいいと思う。だが、それを売る店ではそうはいくまい。その店とモノとの関係のものさしになるに違いない。

店員の話ぶりも一つひとつ商品が好きで、それを知り尽くしている自信に満ち溢れている。ええかっこしをするわけでもなく、知ったかぶりをするわけでもなく、知り合いのお兄ちゃんがじいさんに丁寧に説明してくれるカンジが好ましい。昔の田舎にはこんなほっこりした雰囲気の店が多かった。「餅屋は餅屋」の“誇り”に溢れた店にはつい長居してしまう。

きちんと見て回ったら半日ではすまないかもしれない家具の数々。これだけの家具がありながらどの棚を引いても隅には汚れ一つないのに驚く。“誇り”はあるがホコリは無い。

「買うのは難しいが売るのは易しい」などと勘違いしていた私は今にしてなお品物を売ることの難しさと凄みを知る。

逃がした魚(ケビント)は大きかったが、もう少し小さい美魚を探しに古道具屋を回ってみるとしよう。

<イラスト・紫まりも>

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